ここかしこ たくさんのねがいごと。Love is praying.

ここかしこ通信

2015/07/31

その3)  続ける、繋げる

Y2有井ゆま

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大興四代目 大西巧さんのハナシ。

ご創業大正三年、近江和ろうそく「大與」の四代目。25歳で父に弟子入り以来、職人道をまっしぐら。すべては美しい灯のために。絶 妙なバランス感覚で和ろうそく作りを支える34歳の灯り哲学とは?不定期で、直球仕事とはちょっとスタンスを置いて、ゆるゆると、トモダチ同士の会話の連載です。
(聞き手と編集/ここかしこ・有井ゆま)

 

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あ) たいへん、ご無沙汰してしまいました。

 

大) 2年振り3回目の登場でございます。2年も経ったら、その間にいろいろ環境も変わりました。
弊社が創業100年を迎えたりだとか、新しいブランドができたりだとか、
100年目のその年に長男が生まれたりとか!
まぁ、環境の変化だけでなくて、心の変化もね、それにともなってあったわけです。

 

あ) ほんとうに、おめでとう!
日本の財産たる老舗企業さんの活力を目の当たりにさせていただいている思いです。
ご先代社長の御父君はじめ、ご家族皆々様、さぞやお喜びでしょう~。
100年続くろうそく屋さんのご当主として、人の親ともなられて、
ご自身にとっても去年はものすごく大きな節目でしたよね。
今すなおに実感していらっしゃるのは例えばどんなことですか?

 

大)うーん、100年お商売を続けさせてもらってきてね、はっきりと言えるのは、
あたりまえだけど、自分は、100年の歴史とこれからの未来の中の、
「いま」という「部分」なんだということかな。
子どもがうまれて、より実感するようになったかもしれない。

 

あ)うんうん。
4代目ご当主としての言葉の重みをかんじます。
大與さんの100年の歴史のことを、少し聞かせてください。

 

大) 100年前、大阪にあったろうそく屋への丁稚奉公から帰った曾祖父・與一郎が開業しました。
1914年て、サラエボ事件から、世界で起こるはじめてのおおいくさに突入していった年。
そんな動乱の時代に、ひいじいさんは片田舎でろうそく屋をひっそりと始めた。平和ですよね。

 

あ)そのころって、日清日露の2度の戦争を経て、日本も、
世界的に見ても近代工業の隆盛いちじるしい国だったはず。
手がけの蝋燭で独立されたひいおじいさんには、どんな世界、どんな未来が見えていたのかな。

 

大)当時でも、「あれ?まだやってたの?」と存在さえも忘れられるような商いの規模だったと思う。
曾祖父には、世界とか未来とかいうような概念自体あまりなかったかもしれない。
全国的にまだまだ蝋燭屋さんも多かったし、人々にとっても、まだまだろうそくは必需品だったから、
灯が人に必要とされている実感は今よりも強く感じていただろうし、
自分の手でモノをつくるということが、生活のすべてだったと思う。
一生懸命、ただ誠実に、ひたすらにつくることに向き合える環境が整っていた、
そんな時代が大與のスタートラインだったから、
そういうものづくりに対する姿勢が自分にも引き継がれているように感じて、本当に感謝してます。

三代目にあたる、父が跡をとってから、徐々に商売として形になってきたようだけど、
父には商覚というよりは、人並み以上の覚悟があったんだと思う。
当初は父も、こんな非効率なことやってられない、人間ができるものじゃない、
もう辞めたい、辞めようと思った、と聞いたことがあります。
原料の調達もほんとに苦労したって。

 

あ)あの、ザ・バイタリティー、みたいなお父さんが。 

 

大)父がこの仕事を始めて1年ほど経った頃、大叔父に辞めたいと漏らしたことがあったんだって。
そのとき、大叔父に「お前がやる、ってはじめたことだろ!お前がやらなかったら、誰がやるんだ!」って
叱咤されて、それで男として腹をくくったみたい。
100年続くには、大叔父のような圧力も必要なのだろうけど、それよりなにより、
「そのとき」を任された人間個人の覚悟が、問われ続けるんじゃないかなあ・・。

 

あ)家業をつなぐというお立場の方のご覚悟は特別で、
想像を絶するものがあります。
創業の覚悟とも、ぜんぜんちがう種類だよね。
世の中でお仕事をいただく以上は、だれでも、その仕事人になりきるある種の悟りは必要で、
でもそんな、生活と自己実現だけ満たせばいい生易しいものとは質も量もちがう。
お父様の時代は、高度経済成長期でもあって、人生にいろんな選択肢もお有りになったはずで。

 

大)父が継いでからの、「続ける」とか「繋げる」ことにまつわる様々な選択の昔話を聞いていると、
根本的な気持ちの座りようみたいなものの大切さを教えられる気がする。
それが積み重なって今、大與の太くて強い骨になっているのは間違いないな。

 

あ)お父様の代で、蝋燭屋さんとしてまさに核ともいえる、
お寺様とのお付き合いが始まったのですか?

 

大)そう。やはりいい材料で、いいものを作り続けてきたからだと思う。
80~90年代の、いかに安く作り、大量に売るかという時代の中で、
父はいい材料で、いいものを作り続けると決断した。
この決断がいま大西家の生命線となって効いてます。
滋賀県の私たちの周りでしか使われていなかったものが、
お寺さんの地域も数も相当増えたと思います。

曹洞宗大本山・永平寺様の御用達を拝命するようになったのも父の代です。

 

あ)すごい!かっこいいなあー!
現代における蝋燭の裸火に関するプロ中のプロ、ともいえるお坊様たちに、「よい」と認めていただけたと。

 

大)そうそう。

 

あ)お寺様で蝋燭を使われる意味と言うのは。

 

大)僕は僧侶でもなんでもないので、ろうそく屋として、の言葉にすぎませんが、
仏教では、ろうそくの灯というのを仏さまの智惠と教えています。
仏さまの慈悲や教えへの道しるべというわけです。
これは何もさまよう魂だけに言っていることではなく、
私たちいまを生きている人へのメッセージでもあります。

 

あ)なるほど。

 

大)お釈迦様の最後の教え。入滅なさるその前にお釈迦様は何を語ったか、知ってはります?
「自灯明法灯明」じとうみょう・ほうとうみょうと読みます。
お釈迦様の死が間近であると知り、「お釈迦様が亡くなったら、私は何に頼ればよいのか」
と嘆く弟子のアーナンダに対して諭された言葉です。
「他者に頼らず、自己を拠りどころとし、法を拠りどころとして生きなさい」という意味だそうです。
つまり、「私は拠りどころではないのです。真理こそが拠りどころで、それは私の教えです。
自分を拠りどころとできるように、真理の追求に研鑽しなさい。」ということです。
ろうそく屋として嬉しいのは、「拠りどころ」を「灯明」と表現していること。
灯りはやっぱり、道しるべなんです。

 

あ)京都のどこかのお寺でご案内下さったお坊様が、
「お寺というのは明るいところなのです」とおっしゃっていたのがすごく印象的で、
良く覚えてます。
仏教と灯りは、切っても切れないものなのですね。

 

大)キリスト教でもね、ろうそくの灯は「この世を照らす光」つまり、
キリスト自身のことを意味するようです。

 

あ)あ、なんか懐かしい、ミッションスクールだったから。教会もたしかに、キャンドルだらけですよね。
 

大)どちらも、道しるべ=明日への繋がり、の象徴としてろうそくの灯が存在するというのは
興味深いことです。
そういえば、オリンピックなんかの聖火もリレーされますね。
一気に運ばないで、「繋ぐ」ことにも何か特別な意味があるのかな。

 

あ)ギリシャ神話も出てきちゃった(笑)
火をコントロールして平和を作り出すことは、人の意志と努力によるのだ、みたいな意味で
世界のスポーツの祭典の象徴になったのかな。
それでも、なんで一気に持ってこずに、わざわざリレーするのかは、wikiには載ってない(笑)
「灯」も「繋ぐ」も、国家民族を越えて、めちゃくちゃわかりやすい共通概念なんだろうね。
誰もが「灯」や「繋ぐ」の前では一歩も二歩も引いて謙虚になる、すごい共通言語。
そういうアイディアは、一般化されるのも無理がなくて、自然で、早いのだろうなと。

 

大)うんうん。

一番身近な仏教の話に戻ると(笑)、
お仏壇などの前に点った1本のろうそくは、
私たちもここに向き合っているけれども、その向こう側からはご先祖様も向き合っている。
ろうそくの灯りを仲介して、過去から未来へのリレーが行われている…なーんて、
今日のテーマの「繋ぐ」に、まさにつなげすぎ?

 

あ)あはは!そんなこともないんじゃなーい?
灯のカタチ見ていると、なんか落ち着くもんね。
ありがたいなー、とも思うし。
そういうことだったのか・・・。

 

大)いのちが繋がれていることを、
「あぁ、この人たちがいたから私がいるんだなー」「ここが拠りどころなんだなー」ということを、
ほんのひとときでも、私たちのろうそくの、そのともしびで、感じてもらえることができたなら、
僕はろうそく屋冥利に尽きるし、これを灯す人々のそういう思いを背負えたならば、
こんなに幸せな仕事はないなー、と思う。

 

あ)背負う・・・かー!
覚悟だねー。
次回は、さとしさんが、これまでの100年で引き継がれたことを基として、
どんなアップグレードをお考えなのか、そのあたりを聞かせてくださいね。

 

大)喜んで!
今年のお盆は、息子をご先祖様に紹介するお盆。
みんなが彼の誕生を喜んでくれています。
と同時に自分のときもそうだったのかなーと思ったら、ね。
・・・おっと涙腺が。

 

あ)うんうんうん。
そうして与えられた命に精一杯向かい合うことを教わり、教えて、つながっていく、、、
決して自分一人で作ってるのではない日々のシアワセに、感謝せずしてどうしようか、合掌、だね。

 

 

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みなさま、どうぞ、ご先祖さまと気持ちのいいお盆を。

 
連載その1) 曖昧が大事、というハナシはコチラ
連載その2) 夢中と必死と快楽と、はコチラ
 

近江和ろうそく「大興」1914年創業の和ろうそく専門メーカー。滋賀県高島市。日本でも限られた職人にしか造ることのできない和ろうそくの伝統製法・生蝋手掛け製法で造られる櫨ろうそくを継承し、仏事や茶事、現代のくらしの中で使用できる灯りを創り続ける。
「心を包み込むような本物の灯りは、日本伝統の和ろう そくでしか創り出せない」という創業者の思いを受け継ぎ、
和ろうそくにおいて、多くの支持を得ている。大本山永平寺御用達。
1984年滋賀県指定 伝統工芸品認定。2011年「お米のろうそく」でグッドデザイン賞、グッドデザイン中小企業庁長官賞受賞。
NHK「美の壺」など、多数のメディア にも出演。
http://www.warousokudaiyo.com/



written byY2有井ゆま